1945年8月9日長崎市の上空で炸裂した原子爆弾は一瞬にして多くの命を奪い、街を廃墟に変えてしまいました。現在原爆落下中心地の浦上地区は平和公園として緑美しい憩いの場に整備されました。過ちを繰り返さないという誓いと、子どもたちに平和な世界を残したいという願いが込められた施設でもあり、国内外より多くの人が訪れています。近くには長崎原爆資料館があり、原爆、戦争の恐ろしさや平和の尊さを伝える資料が展示されています。
ヨーロッパの中世のオランダの街並みをそっくり再現したハウステンボスは、街全体が大きなテーマパーク。運河が張り巡らされた、水と緑あふれるレンガづくりの街には宮殿、教会塔、ヨットハーバー、ホテル、ショッピングモール、美術館や様々なアミューズメントがあり、とても1日ではまわりきれません。
三川内焼は「繊細優美・精巧緻密」の一言で表現され、慶長3年(1598年)の開窯以来、朝廷や将軍家への献上品が多く、日用品から室内装飾にいたるまで常に高級感のある「やきもの」づくりに専念してきました。手描きの「唐子絵」や「透し彫り」などの高度な技法を駆使した工芸品を得意とする産地ですが、いかに絵付けが優れていても、いかに彫りが精緻を極めていても、ベースになる白磁に雪のように清純な白さと、絹のように優しく柔らかな肌合いがなければ、 三川内焼の生命ともいえる高潔で優美な表現が損なわれます。三川内焼の代名詞ともいえる「唐子絵」は、松の木の下で無心に蝶とたわむれる唐の子供たちを描いたもので、献上品や諸大名の贈答品に用いられた格式の高い図柄です。製品は割烹食器類が中心で、そのほか香炉、花瓶なども作られています。